若の神は本来存在しなかった
- 秀志 池上
- 2022年1月3日
- 読了時間: 8分
更新日:2022年2月6日
毎年新春恒例のビッグイベントとなる箱根駅伝、今年も青山学院大学が優勝し、二年ぶり6度目となる優勝を飾りました。今回は10000m28分台を23人もそろえる圧倒的な層の厚さを見せつけた今年はまさにそつのないレース運び、いや頭も胴も尻尾も力を備えた卒然のごとき闘いというべきでしょうか。
そんな中、一部の関係者からは本来あり得ない光景が飛び込んできました。5区山登りを担当した若林宏樹選手です。早速原監督から「若の神」の異名を与えられ、これで青山学院は若の神の故障や極端な不調がない限り、次の3年間の山登りは安泰です。山登りと山下りは特殊区間とも言われ、適性のある選手を発掘するのが難しく、またトラックレース、ロードレース、駅伝がある中で、山登り、山下りだけの練習をするわけにもいきません。しかしながら、各大学山登りと山下りで大きく差があくだけに、適任者を見つけるのに苦労しているのが現状です。苦労しているとまでは言わなくても、山登りと山下りに適した選手はのどから手が出るほど欲しいところです。
そんな中で一年生から適任者を見つけることが出来れば、次の3年間は控えを一人か二人目星を付ければ、あとはオーソドックスに戦えるので、やりやすいことこの上なしといったところです。
しかし、若林君は本来若の神になるはずではなかったのです。何故なら、彼は洛南高校陸上競技部の出身だからです。実は洛南高校から青山学院のルートは廃止されていました。まずは簡単に高校の長距離選手の進路事情からお伝えしておきましょう。駅伝という競技は全国高校駅伝が12月、都道府県対抗男子駅伝、女子駅伝が1月にあります。各都道府県予選が11月、地区予選が11月の中旬です。
強豪校ともなれば、ただでさえ三年間陸上漬けの毎日を送ります。ただでさえ、勉強がおろそかになりがちなのに、11月から1月迄大切な試合を控えていれば、いわゆる「受験勉強」は出来ません。そんな状況の中で、一般受験だけで選手を獲得していたら、早稲田大学が毎年毎年あれだけの豊富な戦力を揃えられる訳がありません。早い話が、高校時代に実績のある選手の受験は予め大学と高校の間で話がついており、真面目に面接を受ければ、受かるように手筈が整えられているのです。
もちろん、国公立の場合はそうではありませんが、箱根駅伝に出場している大学の大半というか実質、全大学が私立です。実は筆者も京都教育大学時代に今回初出場の駿河大学から(私にとっては)破格の条件で編入のオファーを頂いたことがあります。私立というのはそのくらい大学側も力を入れており、理解があるのです。
そんな訳で、高校から大学に進学するにあたっても当然指導者間の人間関係が大きくものを言います。コネとか癒着と言えば、響きは悪いですが、人間社会ですから、「Aという選手をそちらに送るから、Bという選手もつけてくれ」とか、「以前に強い選手を送ったんだから、今回は少々力は劣るが、この選手を取ってほしい」とか、長年の付き合いの中で阿吽の呼吸が出来ていくわけです。基本的には強豪校の指導者の顔ぶれは毎年変わりませんから、長くやればやるほど、関係性が出来ていきます。
ちなみに、当時洛南高校では毎年エース級の誰かが明治大学に進学していました。そして、とりあえず多かったのが日本体育大学です。洛南高校陸上競技部のOB会に行って、目をつぶって石を投げれば2分の1の確率で日体大のOBにあたります。その代わりと言ってはなんですが、大学に陸上で進学した選手の退部は許されませんでした。一度大学で陸上をやめると言ったOBの話がわれらが恩師中島道雄先生の耳に入り、関東まで説教にいかれたという伝説も残っています。
どこまでが本当か分かりませんが、片手にのこぎりをもった中島先生がその大学の陸上競技部の寮に乗り込むと寮内放送で該当の選手を呼び出し、「お前走らへんのやったら、もうその脚いらんなあ。俺が切り落としてやる」と言ったそうです。現在洛南高校陸上競技部には足裏ケアの為の青竹がたくさんあるのですが、その青竹はその時ののこぎりでそのOBさんが後輩の為に竹を切ったものだという噂です。真偽のほどは分かりません。
この話からも分かるように、中島先生は卒部生が大学に行っても、実業団に行っても時には厳しく、時には優しく励ましてくださる先生なのですが、そんな愛情豊かな先生だけに事件が起きました。私も洛南高校陸上競技部に入部した時に非常に可愛がっていただいた二つ上の先輩です。ここではY先輩としておきましょう。
Y先輩はスピードランナーで1500mでも激戦の近畿で4番に入り、インターハイにも駒を進められた方です。Y先輩は一本気で、男気溢れ、裏表のない方でした。周りを見ず、後ろに本人がいるのも知らずに、中島先生のことを「あのなまはげ、まじでうざい」などと言うから、人間が人間を殴った音とは思えない音がするくらい殴られていたこともありました。ある意味では、そのくらい一本気で陰湿なところが一ミリもなかった方です。
そんな一本気なY先輩らしく、大学進学にあたっては当時はまだ強くなかった青山学院大学に進学して、「俺が強くしたい」とおっしゃっていました。当時の青山学院大学としてはインターハイに出場していたY先輩は非常にお買い得で、Y先輩には他の大学からも声がかかっていましたが、最終的にY先輩は青山学院大学に進学されました。
先ほどの話を思い出してください。長い慣例として、こういう場合、青山学院大学もY先輩を大切に育てて洛南高校とのパイプを作るものなのです。大切に育てるというのは何も依怙贔屓するという意味ではありません。結果の良い悪いはもちろんありますし、試合に出られる出られないは本人の責任です。しかしながら、預かる者の責任として最後まできちんと面倒を見るのが筋なのです。
私も細かいところまで話は知らないので、断言はできません。しかし、当時のY先輩の走力と青山学院大学のレベル、後の中島先生の激怒を見ると、原監督も甘言を弄してY先輩の獲得に乗り出したのでしょう。ところが、ふたを開けるとY先輩はたった1年でマネージャーにされてしまいました。一年目に5000m14分24秒の自己ベストをマークしていたにも関わらずです。確かに長い距離に適応できなければ、駅伝では使えません。しかし、それにしても見切りは早いです。
更に、そのあとも事件は起こります。原監督の所にカネボウの高岡寿成監督が勧誘に行ったときのことです。高岡寿成さんも洛南高校陸上競技部のOBさんで3000m、5000m、10000m、マラソンの4種目で日本記録を作った中島先生の一番弟子です。何があったかは知りませんが、原監督が高岡監督の帰り際に「二度とこないでください」と言ったそうです。そんな失礼な話があるかと激怒したのが、中島先生、「原の電話番号を教えろ」と凄むとそのまま原監督に電話したそうです。そのあと、どうなったかは知りません。
全国高校駅伝の前夜には高校、大学、実業団の指導者が一堂に会し、名刺を交換したりして、親睦を深める会があるのですが、その会で中島先生は前に出ると「今の日本の陸上界を原が駄目にしてる。原のことが嫌いな奴は手を挙げろ」とマイク片手に決起を呼び掛けたそうです。当然、誰も手を挙げられなかったそうですが、洛南高校陸上競技部OBの一人としては、中島先生らしいなとほほえましく思える話です。
しかし、そんなほほえましい話で終わる訳はなく、実質洛南高校から青山学院大学へのルートは絶たれていました。私の後輩にも中島先生に「青山学院大学に行きたいです」と言って、「あんな選手を大切にしないところにうちの選手は二度と送らない」とはっきりと言われた選手が何人かいました。
そんな訳で、洛南高校から青山学院大学に進学した選手はいなかったのですが、中島先生も定年退職され、奥村先生に代わりました。時代は移り変わります。私達が高校生の頃はどれだけ活躍しても、特別扱いは許されず一人の高校生として扱われました。高校生でも実績のある選手なら、用具の無償提供もあります。しかし、中島先生はどれだけ優れた選手にもそれを認めませんでした。高校生は高校生、プロではないからとのお考えからです。
しかし、今では佐藤圭汰君が活躍すると、各大学が佐藤君の遠征費を出すようになり、奥村先生の口からも「宿泊費と交通費を出すのは当たり前、そこからプラスで何を出すかですよ」との言葉も出ていたとの話が関係者からも出ています。中島先生なら交通費や宿泊費を受け取ることはおろか、佐藤君だけ記録を狙わせるために特別なスケジュールを組んだり、記録を狙わすためだけに遠征するようなことも認めなかったでしょう。
どちらが良い、どちらが悪いというのは私には分かりません。私は中島先生のような年配の指導者の方々からたくさんの温情を受けて育てて頂きましたし、その中で一人の人間として教育していただいたことが起業してから多く役立っていることは事実です。
しかし、時代は移り変わっており、一つの組織で骨を埋めるよりも、どこにいっても活躍できるだけの実力を身に付けることが求められる時代になってきています。もしも、中島先生がまだ洛南高校の監督をされていたら、若の神は誕生しなかったでしょう。そうなれば、若の神にとっても不幸なことです。元々教え子を強く思う愛情から生まれた洛南高校陸上部と青山学院大学との間の鉄のカーテンですが、教え子を思うなら、青山学院大学への進学を認めても良かったのではないか、いや、それでも中島先生なら「どこにいってもやっていけるだけの力がないとあかんのや」とおっしゃるでしょうか。色々な思いを抱えながら見つめた新春の箱根駅伝でした。
























コメント