内在的な負荷とスピード持久力の関連性
- 秀志 池上
- 2023年1月12日
- 読了時間: 7分
こんにちは!
先日レナト・カノーヴァのトレーニングにおける根本原則を公開させて頂いたのですが、もうご覧いただけましたか?
私もいつも頭の中に入れて練習計画を組むようにしています。繰り返しになりますが、そうしないといつのまにか手段が目的に変わってしまっていることがあるからです。
42.195キロを如何にして速く走るかと考えた時に、42.195キロを全力で走る練習ばかりやっていたら非常に効率が悪いです。3000mや5000mのような距離の短い種目も同じです。
だから、一度複雑な方向に入っていくのですが、それはあくまでもあるレースの距離を速く走るために複雑に考えていくのであって、複雑に考えるために複雑に考えるのではありません。だから、根本原則をおさえておくことが重要なんです。
さて、実はそのレナト・カノーヴァのトレーニングにおける根本原則の中に一点書き忘れていたことがありましたので、追加でこちらに書かせて頂きます。先ずはそのまま書いてあることを翻訳の上、転記いたします。
量とスピード持久力の関係性
ここに無酸素性作業閾値(乳酸性閾値=4ミリモル)が時速19キロ(1キロ3分9秒ペース)の選手がいるとする
テスト1
400m10本を62秒、休息は60秒で実施した際の血中乳酸濃度は1リットル当たり14ミリモル
次の4週間のトレーニングの目標を下記に置く
・無酸素性作業閾値の100%から90%の強度(3:30-3:10/k)の練習量を増やす
・ロングランにおける無酸素作業閾値ペースでの距離を増やす
・60mから80mの登坂を全力で登った時に動員される筋繊維の数を増やす=最大筋力の向上
・150mから300mの登坂走における最高速度の向上
テスト2
400m13本を62秒、休息は60秒で実施した際の血中乳酸濃度は1リットル当たり14ミリモル。1分後の血中乳酸濃度は1リットル当たり12ミリモル。血中乳酸濃度が同じということは内在的な負荷は同じ
テスト3
400m10本を60秒、休息60秒で実施した際の血中乳酸濃度は1リットル当たり14ミリモル。同じ内在的負荷であり、体に与える生理学的効果は同じである。
同じ内在的負荷=体に与える生理学的効果は同じ
テスト1 10x400m62’’/60’’ Recovery
テスト2 13x400m62’’/60’’ Recovery
テスト3 10x400m60’’/60’’ Recovery
スピード持久力が向上するとは、同じペースで走った際のある時間内における血中乳酸濃度を減少させる能力が向上するということである。従って、同じ血中乳酸濃度でより速く、もしくはより長く走れるようになるか、もしくはその両方が達せられるということである。
池上解説
内在的負荷と外在的負荷の違いを考えることが、そのままこういう練習をすれば必ずサブ3が達成できるというような練習内容が存在しない理由になります。たとえ、外在的な負荷が同じであったとしても、それがその人の体に与える生理学的効果は異なります。従って、全ての人に別々の練習内容が必要になるのです。
このことは強調しすぎても強調しすぎることはないと思います。私も色々な人から勉強させて頂いていますが、その過程でサブ3の為の練習、サブ3.5の為の練習などが販売されているのを見たことがあります。別にそれはそれで面白いし、参考にはなるので、価格に納得すれば買っても良いとは思います。
ただ、そのままやったからといってサブ3が達成できるわけではありません。何故なら、その紙に書いてあるのは(電子データで送られてくる練習内容は)外在的な負荷であり、内在的な負荷ではないからです。
レースにおけるスピード持久力を考えるにあたっては血中乳酸濃度が非常に大きな指標になることは間違いありません。それが全てではありませんが、大きな指標にはなります。
一方で、レースペースよりもはるかに遅いペースの練習では血中乳酸濃度は指標にはなりません。先日どこかで書きましたが、5000mを14分半前後で走る二人の選手が15キロを1キロ3分半ペースで走った際の疲労度合いは血中乳酸濃度は参考になりません。
両者ともに血中乳酸濃度が上昇していないからと言って、疲労度合いが同じであるとは限らないのです。寧ろ、異なるケースが多々あります。同様の理由から週に100キロのトレーニングが個人の体に与える生理学的効果も異なります。
ですから、練習量が少なすぎるということを言うことは出来ても、多すぎるということは出来ません。少なすぎるということが言える理由は単純で、人間の体は大きくは変わらないからです。
ある目標を達成するにあたって、目安となる練習量というものはあります。それが絶対ではないですが、人間の体は大きくは変わらないので、その目安の練習量を大きく下回るとそれを達成するのは難しいです。
私がウェルビーイングオンラインスクールの受講条件に継続的に月に200キロ以上走り続ける意志があることを挙げているのもそれが大きな理由です。ただ、目標に対して現在の練習量が少なすぎるとしても、現在のその人にとってはその練習量が最適であることは多々あります。あくまでも、段階的に増やしていった方が良いという話であって、サブ3が目標だから誰でもすぐに月に300キロ走れるようになる訳ではありません。
ここでもやはり、内在的な負荷を重視すべきであるという原則から逃れることは出来ないのです。
そして、良く問題になるのは多すぎる方です。一体練習量が多すぎるという人は何を根拠にそう主張するのでしょうか?
中学生にその練習量は多すぎる、高校生にその練習量は多すぎる、サブ3を目指すのにその練習量は多すぎるなどなどとよく聞きますが、一体何を根拠にそう主張するのでしょうか?
実は多くの場合、意味のない、根拠のない主張である場合がほとんどです。その練習量がその人にとってどのような生理学的効果を与えるのか、つまり内在的な負荷が分からないとそれが多すぎるかどうかは決して分からないのです。
何が言いたいかと言うと、段階的に体を作っていけばたくさん走ったから疲れるということはないし、寧ろ段階的に体を作っていけば走ることで疲れが抜けやすい体になっていきます。
これは毛細血管の密度が増えるとか、ミトコンドリアの機能が向上するとかと言った理由もありますが、単純に低強度走は血流と酸素の流れを増やし、血中の乳酸を除去し、筋肉をほぐす効果があるからです。
ただ、走り過ぎれば逆に疲れます。そして、どのくらいの量が走り過ぎであるかは人によって違います。つまり、同じ1日30キロの練習量でも内在的な負荷が違うのです。私にとっての基本となる低強度の日の練習は朝に18キロの低強度走、午後に10キロの低強度走、それにSyokoトレーニングや坂ダッシュが入ったり、入らなかったりします。
おそらく、同じ練習で疲労が抜ける人は多くはないと思います。これが内在的な負荷の違いです。これは遺伝的な違いではなく、走歴やトレーニング歴の違いです。過去15年間にどういったトレーニングを行ってきたのかという違いからくるものです。
この内在的な負荷を知らない限りはその人にとってその練習量が多いのか少ないのかは決して分かりません。ですから、私がウェルビーイングオンラインスクール、アドバンスドオンラインスクール、トレーニングプログラムビルダーの無料メールサポートで逆に質問させて頂くことが多いのはその為です。
コーチとしての経験が長くなれば、聞かなくても分かるということは決してありません。寧ろ、そういった過信が過ちに繋がることの方が多いと言えるでしょう。これはセルフコーチングにも同様のことが言えます。
トレーニングを継続していて、前と同じ感覚で(前と同じ主観的強度で)前よりも速く走れるようになっているのか、前と同じペースと同じ感覚で前よりも長く走れるようになっているのか、同じ総走行距離だけれど、前よりも楽にこなせるようになっているか、前と同じ感覚で総走行距離を増やすことが出来ているか、そういったことを3週間から4週間ごとくらいに振り返ってみることで、現在のトレーニングの負荷が高すぎるのか、ちょうど良いのか、もう少し増やせそうなのかということがなんとなく分かってくると思います。
























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